『
建築学概論』
2012年の韓国映画。日本での上映は2013年。実際に建築士でもあったイ・ヨンジュが監督。オム・テウンとハン・ガインが現在のパートで、イ・ジェフンとスジ(MissA)が過去のパートで出演。
―あらすじ―
建築家のスンミン(オム・テウン)のもとに、仕事を依頼しにやって来たソヨン(ハン・ガイン)。ソヨンは、15年前にまだ大学生だったスンミンの初恋の相手だった。ソヨンの実家のあるチェジュ島に新しい家を造りながら、スンミンの脳裏には初恋の記憶がよみがえり、また新たな感情が芽生えていく。しかし、スンミンには婚約をしている女性がいて……。(以上、
Yahoo!映画)
なんか独自の視点で映画を観たいなと思うようになったので、今回はちょうど“建築”がキーワードになってることもあり、“建築”的な視点で読み取ってみます。(一応、建築学科卒業なので)
※ネタバレ注意(観る前の人は、最下部に)
●構造
まず、この物語は大学生時代の初恋のパートと、大人になって再会した現在のパートが交互に展開されていく構造となっている。
その2つがそれぞれ展開していく中で重要な要素となるのが“建築学概論”という授業(これは建築学だが音楽学科のソヨンも受けられる、一般教養のような位置づけみたい)。
その“建築学概論”では、授業のたびに、レポート課題が出され、ソヨンの提案で二人は一緒にそのレポートに取り組むことにする。そこで、その課題がこの物語の進行に大きく関わってくる。
【建築学概論】
A:今住んでいる街をじっくり観察し、記録する。その町に愛着を持ち、理解することが建築学概論の始まり。
B:遠いところに行く。遠いとはどういうことか考える。
C:そこに住みたいと思えるか?
D:少しは建築と親しくなれた?
“建築”との距離を縮める過程としては何の疑問もないプロセスだが、これは要するに男の子と女の子、スミンとソヨンの距離を縮める過程にシンクロしている。
【学生時代のスンミンとソヨンの距離】
A:スンミンの初恋から、ソヨンと親しくなる
B.C:二人で出かけ距離を縮めていく
D:大学生時代以降、15年も会わなかったことで冒頭から予想はつくが、「親しくなれなかった」
で、この映画のおもしろいところは、同時進行する現在の大人になってからのパートでも、同じプロセスを二人が歩むところである。
【現在のスンミンとソヨンの距離】
A:ソヨンからスンミンへ家の設計を依頼。
―スンミン「君を知ることができれば、君に合う家を作ることができる。」
B.C:お互いのことを話し、15年間にあったことなどを知っていく。
D:家を建ててよかった。15年前のすれ違ったままだった思いを告白。
と、同じプロセスを2回通っている。2回目にして、15年間の思いを昇華させることができるのだが、この構造が建築的なのではないかと感じた。実際の建築であるわけではないが、思考の中では作りたい建築像としてあってもいいような構造。同じ空間を2回通り抜け、1回目ではたどり着けなかった到達地点へ2回目だからたどり着ける、そんな錯覚に陥る建築。
●シークエンス
学生時代のパート、現在のパート共にそのパート内では過去にさかのぼることなく、一方通行に物語は進行していく。ただ、そのパートとパートも隣り合うエピソードの並び方が秀逸だと感じた。
例えば、
ア)現在のソヨン:夫と離婚。人生に行き詰っている。私の人生こんなはずじゃなかった。
イ)学生のソヨン:10年後に何をしているんだろう。ピアノはやめる。やりたいことはたくさんある。お金持ちと結婚するから家を作ってね。
ウ)現在のソヨン:ピアノの部屋を作って。
この3つのエピソードがこの順番で、並ぶことによって、何者かになれる気がした頃(イ)と何者にもなれなかった現実(ア)の落差が際立つ。そのあとに、(ウ)が来ることで、モラトリアムの中で捨てたいくつかの物事も、何年後かにすべてをなくしたとき残されていた唯一の希望のように見えてくる。
こういう順番(=シークエンス)のうまさが随所に見られ、そのひとつひとつのエピソードを補完し合っている。
特にラストの方(<構造>で言った4の過程)では、そのシークエンスの展開にも緩急をつけており、すれ違っていく過去と、距離が近づいていく現在がたくみにつなげられていことで、物語全体のカタルシスへ誘っていく。
●ディテール
シークエンスの次にうまいなと思ったのがディテール。二つのパートにいくつかのキーワードやアイテムが共通して出てくる。
学生時代の癖が現在でもあったり、学生時代苦手だったお酒やたばこを普通にたしなんでいたり。学生時代に話した話が、現在でも出てきたり。
もちろん二人としては学生時代→現在と時間が流れているわけだが、映画の時間軸としては、必ずしも学生時代→現在ではないのがおもしろい。
まず、冒頭でスンミンはたばこを吸っている。しかし、中盤の学生時代のパートで、たばこを吸いむせているシーンが出てくる。このように、キーワードの出てくる順番も緻密に計算されていることで、15年の月日が変えたもの、変わらなかったものをうまく演出しているのではないだろうか。
「展覧会」というCDが重要なアイテムとなっているが、そのCDの動きが
となっている。
そして、建築もまた二人の手を行き来する
このように、重要なできごとにCDと建築は常に出てきており、15年前に渡せずにいたと思っていたアイテムをそれぞれが持っていたことが二人の15年間の思いを象徴する。
また、CD=音楽=ソヨン、建築=スンミンと二人の職業を象徴するものになっているのも面白い。
●居場所
そもそも、ソヨンは学生時代の頃から、自分の居場所を探しているような子だった。自分探しという意味ではなくて、本当に自分の家を探し、使われていない家を掃除し、秘密基地のようにしたり、一人暮らしを始めたりしている。
大人になってからも居場所を探し、「人生をリセットしたい」とソンミンに家の設計を依頼する。それも、かつて自分が住んでいた古くなった家をリノベーションするという形に落ち着く。
また、学生の頃は田舎のピアノ教室出であることをコンプレックスに感じ、それを吹っ切りたいという思いもあったので、今も昔もリセットし、やりなおすというときに、自分の居場所を強く求めていたという点で共通している。
“建築”というモチーフを使うに当たり、いくら大人になっても迷い居場所を探しているソヨンはまさにぴったりだと感じた。
●到達地点
単刀直入に言ってしまえば、2つのパートの到達地点は同じところだ。二人は一緒にはならない。では、どちらもバッドエンドか?と言えば、そうではない。<構造>の項目で言ったように、2回目だからたどり着ける到達地点に達することができる。
学生のソヨンの言葉に「小さなときめきをもって春を待つのもいいと思う。」という言葉がある。
学生時代の二人は、「初雪の日に会おう」と約束し、すれ違いから約束は果たされなかった。要は、二人の時間は冬で終わっており、春は来ていない。
だが、現在のパート(ここでも二人は花を植えている)では、春を感じさせるシーンで終わりが来ている。15年前、些細なすれ違いから、心に残っていた思いを告白しあうことで、二人一緒ではない人生だけど、それぞれ春が来たようなエンディングとなっている。
また、ラスト間際で出てくる(現在のパート)それぞれの両親の言葉が、物語のエンディングのその先の未来を想像させるものとなっている。
スンミンの母:(嫌な事ばかりあった家だろう。と、母に引越しを勧めるスンミンに対して)「家は家だ。うんざりしたことなんてない。」
ソヨンの父:(入院先の病院で)「家に帰りたい」
大人になり、それぞれ家や家庭を作り、居場所を築いたソヨンとスンミンだけど、母や父にしてみればまだ子供で、その家や居場所は、ちょっとしたことで揺らぎそうな危うさを持っている。現に、スンミンは婚約者がいながら、ソヨンに揺れたわけで…。だけど、いつかは母や父のようにどっしりとし、安定感のある“自分の居場所としての家”を築くのだろうと、二人のさらに未来の予感を感じさせてくれる。
●まとめ
元建築家ということで、かなり緻密に作られていて、3回鑑賞したが観れば観るほど、「これがここに出てた!」というのが多く、ディテールの細かさにこだわりが見られた。また、その明快な構造の中で、そのディテールを活かしながら、話の展開を操作し、結末につながる感じもすごくよかった。
この映画では、“建築”が“恋”のメタファーで、“建築”を“恋”に置き換えることに気付くと、思わず「おお!」となる。“建築学概論=はじめての建築→はじめての恋”となるし、古い建築のリノベーションは“かつての恋のリノベーション(修復)”と言い換えることができる。
建築ってキーワードが、構造にも物語にもものすごく意味を与えていて、カタルシスまで導いてしまうので、観終わった後に『建築学概論』というタイトルの意味がしっくり来すぎて唸ってしまった。
個人的に面白かったのは、スンミンがコンセプトを説明するときに、横文字を使いまくっていて、ソヨンが「英語の村でも作るの?」っていう突っ込みは、ウケた。使うよね~無駄に横文字(笑)。
もちろん、建築どうこうの見方がなくても全然おもしろいし、むしろ普通に恋愛映画としてすごくいい!
かつて思い描いていた自分と、なれなかった自分や、うまくいかなかった初恋。など、たぶん誰にでもあるような過去と、現在の自分のギャップ。映画のストーリーと自分の日常や思い出が共鳴することで、話に奥行きが生まれるような映画になっていると思う。
<まとめ>でも、書いたけど3回観ても観るたびに発見があるから、観れば観るほどおもしろい!DVD買おうかなと、真剣に悩む。
いろいろ書いてあって、よく分かんないよ!って思ったら、とりあえず観てもらえれば、その面白さは分かるはず。