『AKIRA』
大友克洋による同名漫画を原作とする、アニメーション映画。
脚本・監督も大友克洋が務める。
『爆音大友克洋』というイベントで鑑賞。
伝説的アニメと知っていながら、なかなか鑑賞できずにいたのだが、爆音で初めて観たのがよかったのか、どうか…。
※爆音映画祭…音楽ライヴ用の音響セッティングを使い、大音響の中で映画を視聴出来るイベント。
単に音を大きくするのではなく、その映画にとって最適な音とは何か、それぞれの映画における音の核心はどこにあるのかを追求している。
そんなわけでものすごく恵まれた環境での『AKIRA』という映画体験をしてしまいました。
そして、この映画が四半世紀たった今も、こうして見られ続ける意味をビシビシと感じざるを得ない2時間だった。
むしろ、今こそ観るべき映画!
舞台は2019年。翌年にオリンピックを控えた東京。その裏で政府がひた隠しにする、最高機密=アキラ。
オリンピック招致のお祭り騒ぎの裏で、人間の手に負えない力がまだ確実に日本を覆っているわけで…現実の日本が25年前にすでに描かれていた。
人類の手に負えない力、最高機密、隠されている真実…どうしても「原発」を想像してしまうのは私だけではないはずだ。
そんな理不尽な圧倒的な力の前にしても、ただ親友の鉄男だけを見ている金田はヒーローの理想だと思う。そして金田が無邪気に、まっすぐにそうしているからこそ、鉄男の感じていた行き先のない劣等感もまた、リアルで切実なものとなる。
それでも、そんな劣等感を抱えながらも最後の光に包まれるシーンでの行動が救いとなる。金田の行動は否定されることがなくてよかったと心底思った。鉄男の劣等感で金田が失われることがあれば、その劣等感はより救いがなくなってしまうだろうから。
あこがれの人はあこがれのままでいて欲しい。超えたいけど。超えようとするけど。
鉄男にとっても、金田は最後までかっこ良かったはずだ。
ストーリーも25年前とは思えないけど、アニメーションも表現も到底そう思えないクオリティだった。
最後のアキラの暴走(?)の描写なんて、確実にエヴァンゲリオンに受け継がれてるよね。エヴァに関して言えば、人類が神の領域に踏み入るようなテーマとか、根底がそもそも同じだし、影響を受けているのは間違いなさそう。
爆音についても少し。
今回の『爆音大友克洋』で『AKIRA』は35mmフィルム版とデジタルリマスター版が上映され、デジタル5.1チャンネルを駆使したデジタルリマスター版で鑑賞。
なんと言うか、もう…包まれている感じだった。
冒頭のバイクでの暴走のシーンから、会場がビリビリ震えていて、何が起きているのか分からなかった。ラストの鉄男が暴走して、アキラが覚醒するところでは、自分もアキラに飲み込まれているような錯覚に陥った。なんと言うか…包まれているという表現しかできないのだけど。前にちょっとサラウンドシステムの体験をしたことがあって、そのときは数分の体験だったんだけど、映画というある程度の時間(今回は2時間)をその中で過ごすと、耳がおかしくなってくる。それは、聞こえにくいとか不調という意味ではなくて、目はスクリーンを通して映画を観ているんだけど、耳に関しては客観性がなくなるというか、映画の中にいるような感じになってくる。
そして、吉祥寺バウスシアターの天井は、鉄骨とかはしごのようなものがむき出しで、それもまた『AKIRA』を観る環境としては、しっくりくる感じがした。はしごとか照明が、その音で震えている感じとかも含めて。
今回、爆音という特殊な環境で『AKIRA』を観れたことで、またひとつ貴重な映画体験ができた。そして、今まで観ずにきたこの映画と、今この時代に初めて対面したことも。
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