2014年1月2日木曜日

Dolls(2002年)


Dolls

北野武監督作品。第59回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品作。
キャッチコピーは「あなたに、ここに、いてほしい。

直接関わることはない3組の男女の物語が交錯するラブストーリー。
ただひたすら一緒に歩き続ける男女、男を待ち続ける女と待たせていた男、傷ついたアイドルとそれを見ないために視力をなくした男。
これは愛なのか復讐なのか。それぞれの「愛」については、究極過ぎて、正直理解できなかった。

そんなそれぞれの究極の愛に少しの光が射したとき、それは失われる。悲しいを通り越して、絶望を思い知らされる映画だった。

そして、描かれる美しすぎる映像に、どこか恐怖を感じてしまうのは私だけだろうか。とりわけ、赤が印象的に描かれている。その恐ろしく鮮やかな赤は、もう一度恐いもの見たさで見たくなる何かを持っているような気がする。

この映画も、美しすぎる「愛」ゆえに恐ろしく、もう一度観たくなるような中毒性があるような気もしている。今はまだ理解できていないが、いつか理解できるのかもしれないし、できなくてもいいような、そんな映画だった。



実は高校生のとき一度観たが、その時も理解できなかった。
それでもあの当時、菅野美穂と西島秀俊が大量の風車の前をただ静かに歩いている映像がものすごく衝撃だったのを憶えている。

ヒューゴの不思議な発明(2011年)


ヒューゴの不思議な発明

ブライアン・セルズニックの小説『ユゴーの不思議な発明』を原作とする、マーティン・スコセッシ初の3D映画。
第84回アカデミー賞では同年最多の11部門にノミネートされ、5部門で受賞。

1930年代のフランスを舞台に、駅の時計台に暮らす孤児・ヒューゴ。ヒューゴは身寄りもなく孤独の中、父の遺言が唯一の形見である機械人形の中に隠されていると思い、毎日こつこつと修理をし続けている。あることがきっかけでその機械人形が完成するが、それは父の遺言ではなかった。

そこから、徐々に謎を探っていくんだけど、個人的にたまたま、映画史の授業をとっていたからというのもあるけど、映画の歴史の中でジョルジュ・メリエスという人物がしたことのすごさを思い知らされる。
映画が夢だった時代。そして夢を見せてくれるものとして映画が存在していた時代があったということを。この辺りの謎がつながる感じは、すごくドキドキしてテンション上がった。

父の遺した思い、自分の存在意義を探るためにしていたことが、はからずもジョルジュ・メリエスが再び夢を見るきっかけを与えることとなるヒューゴ。
彼は「ここの世界が1つの機械だとしたら、いらない部品なんて1つもない。僕も必要とされているんだ」と語る。少年の小さな行動はつながり、映画人ジョルジュ・メリエスに再び夢を見せるきっかけを与えることとなる。機械の歯車のように。




個人的な話だが、2014年最初に観たのが、この映画となりました。
ストーリーうんぬんより、色々な人の映画への思いがあって、今こうして私が魅了されている多くの映画があるんだと思うと、2014年の映画生活、とてもいいスタートな気がする。
ヒューゴやイザベルのように冒険心を持っていろいろな世界を観て、パパ・ジョルジュが教えてくれた空想することを忘れずに、今年もどっぷり映画に恋していこうと思います。

人生はビギナーズ(2010年)


人生はビギナーズ

マイク・ミルズ監督・脚本によるアメリカ合衆国の映画。ユアン・マクレガー主演。

“「私はゲイだ」 父が75年目に明かした真実が、僕の人生を大きく変えた。”
ポップなメインビジュアルと、キャッチーなコピーを見て、コメディかと思い込んで鑑賞してしまったら、全然違いました。

奥手で、自分から積極的動くタイプではない38歳独身男・オリヴァーが、母を亡くした後ゲイとカミングアウトした父と、最期の時を共に過ごしたことで、少しずつ変わって行く
長年ゲイであることを隠していた父に戸惑いながら、そしてカミングアウトしたことで毎日を楽しみはじめる父に驚きながら、愛に生きた父を知って行くオリヴァー。
簡単に「そうなんだね」と受け入れられる現実ではないが、父が生き生きとしていることこそがリアルな現実となる。

父は亡くなり、孤独の中でひとりの女性と出会い恋をするのだが、オリヴァーは不器用で内向的。そして、母を失い、父を失ったばかりで失うことを恐れている…。オリヴァーが失うことを恐れ自ら関係を終わらせるところは、気持ちが痛く、苦しくなってしまった。


それでも、ラストはすがすがしい。
なんでもうまく行くわけがない人生。辛いことも、受け入れがたいことも、ハッピーだけじゃ生きられないのが人生だ。
「わからないけど、とりあえずやってみよう。どうせみんなビギナーなんだがら」という、スタンスがとても気持ちよかった。信じればうまくいくよ!という、無責任な前向きではなく、当たって砕けろ!の、手放しの冒険でもない、もう少し軽い気持ちのやってみようという感じが、気持ちを楽にしてくれる映画だった。

それも淡々と進む静かなストーリーの中で「あの父もビギナーなりに人生を楽しんだんだ。」という、視点を通して伝わってくるので、押しつけがましくなく、なのに、納得できてしまうのだろう。


ちなみに、この映画は監督の実話を元にしているそうで。
映画監督は、こういう形で親孝行できるのはすてきだな。麦子さんもそんな監督エピソードあったっけ。


2013年12月31日火曜日

ハルフウェイ(2009年)


ハルフウェイ

北川悦吏子映画初監督作品。岩井俊二と小林武史がプロデュースしている。北乃きい・岡田将生主演の日本映画。
キャッチフレーズは「だけど、それは まだ 物語の途中…」。

ヒロは、あることをきっかけに、片思いしていたシュウから告白され付き合うことになる。
高校3年生。進路、受験、卒業、そして二人の恋。

リアルな高校生の日常を切り取ったような映画(こんな、高校生活ではなかったけど…)。
会話が自然だな〜と、思ったらほとんどアドリブ&岩井俊二プロデュースで納得。
花とアリスが好きなので、なんとなく似ている雰囲気だと思ったので。

ストーリーは特にあるわけじゃないんだけど、誰もが通ったことのあるような、あるいは憧れていたような高校生活なので、共感したり、きゅんきゅんできるのではないだろうか。
リアルな会話を丁寧に撮っているから、特にこれといったエピソードがなくてもなかなか楽しめる。

また、タイトルのハルフウェイは「half way=途中」(北乃きいが読み間違えたのを採用されたらしい)を意味しているんだけど、ラストのプツッという終わり方は、まさにそういう感じだった。
高校時代の恋なんて、どうなるか分からない。それでも、その恋がその時のすべてで。
その後、二人はどうなるのか分からないけど、「だけど、それは まだ 物語の途中…」なので。

ゆったりしているので、期待しすぎずポケーと見るといいと思います。




2013年12月28日土曜日

ピンポン(2002年)


ピンポン
松本大洋の同名漫画を原作とする日本映画。
監督・曽利文彦、脚本・宮藤官九郎、出演・窪塚洋介、ARATA、中村獅童など。

上映当時「この星の一等賞になりたいのっ!俺はっ!そんだけっ!」とか、「I can fly!」とか、よく言ってたな〜と懐かしい気分なりつつ。当時、高校生だったのかな?

今だから分かるのは、才能とか努力とか、楽しみと苦しみとか、自分の限界とか…
結構、キャラクターそれぞれの葛藤が分かりやすく、そしてリアルだった。

卓球が好きで楽しくて、天性のセンスと勝てる自信はあるけど、努力はしないペコ。
才能もあるし、努力もできるけど、ペコがいる卓球が好きなスマイル。
努力努力努力の人。勝ち続ける以外に道はないドラゴン。
努力をして、その結果、自分の限界を知ってしまったアクマ。


「ヒーローっていると思う?」と、スマイルは問う。

勝ち続け、負けを知らず、最強のヒーローはこの映画には出てこない。
スマイルにとって、ペコが絶対的なヒーローで、負けるところが見たくなくて、手を抜くことさえする。なんという、不器用なあこがれ。
そんなスマイルにとってのヒーロー=ペコは、ドラゴンとの闘いのさなか、ヒーローに助けを求め、そのとき答えるヒーローはスマイルだった。
それはスマイルがいるからこそ、ペコはヒーローとしていることができるということなのだろう。

スマイルを笑わせ、ドラゴンに楽しい卓球を教え、アクマを泣かせる。
負けては泣き、弱さを知り逃げ出す。でも、やっぱりペコが最強のヒーロー。

キサラギ(2007年)


キサラギ

ストーリーの大部分が一つの部屋の中で進行する密室推理劇。
脚本は古沢良太によるオリジナル。監督は佐藤祐市。
小栗旬、ユースケ・サンタマリア、小出恵介、塚地武雅、香川照之が出演。


友達に「なんかおもしろい映画ない?」と聞かれたら、まず勧めるのがこの映画。
なので、すでに5回くらいは観ていると思う。推理ものにもかかわらず。

1年前に謎の自殺を遂げた、如月ミキの1周忌オフ会に集まったファン5人(ほぼ5人だけで話は進む)。

「なぜ、彼女は自殺をしたのか?」

という、ひとつの謎についてひたすら議論していくのだけど、そのやり取り、展開、伏線の回収、ラストのオチ全てがおもしろい。間違いないエンターテイメント。

その5人はネット掲示板を通じて知り合っているので、ハンドルネーム以外の素性はお互い知らないわけだから、その素性が明らかになるに伴い、議論の的も変わっていく。疑ったり、疑われたりを5人で延々と繰り返すんだけど、飽きさせない会話劇!
脚本は『リーガル・ハイ』の古沢さんということで、それも納得です。

ラストのオチも秀逸。
真実は誰にも分からない。けれど、彼ら5人にとって「如月ミキ=アイドル」であることは揺るぎない真実で、如月ミキはアイドルのまま死んでしまったということは間違いないのだろう。
5人と如月ミキの関係がそれぞれ違うけど、それぞれにとってのアイドルだったんだな〜と、最後は実は結構泣けたりする映画です。

そして、この映画を観たら、ぜひエンドロールも観て欲しい!このエンドロールがまた素晴らしく痛快なの。実は観る度に、エンドロールだけ巻き戻して2回観たりするくらい好きです。



AKIRA(1988年)



AKIRA

大友克洋による同名漫画を原作とする、アニメーション映画。
脚本・監督も大友克洋が務める。

爆音大友克洋』というイベントで鑑賞。
伝説的アニメと知っていながら、なかなか鑑賞できずにいたのだが、爆音で初めて観たのがよかったのか、どうか…。

爆音映画祭音楽ライヴ用の音響セッティングを使い、大音響の中で映画を視聴出来るイベント。
単に音を大きくするのではなく、その映画にとって最適な音とは何か、それぞれの映画における音の核心はどこにあるのかを追求している。

そんなわけでものすごく恵まれた環境での『AKIRA』という映画体験をしてしまいました。
そして、この映画が四半世紀たった今も、こうして見られ続ける意味をビシビシと感じざるを得ない2時間だった。

むしろ、今こそ観るべき映画!
舞台は2019年。翌年にオリンピックを控えた東京。その裏で政府がひた隠しにする、最高機密=アキラ。
オリンピック招致のお祭り騒ぎの裏で、人間の手に負えない力がまだ確実に日本を覆っているわけで…現実の日本が25年前にすでに描かれていた。
人類の手に負えない力、最高機密、隠されている真実…どうしても「原発」を想像してしまうのは私だけではないはずだ。

そんな理不尽な圧倒的な力の前にしても、ただ親友の鉄男だけを見ている金田はヒーローの理想だと思う。そして金田が無邪気に、まっすぐにそうしているからこそ、鉄男の感じていた行き先のない劣等感もまた、リアルで切実なものとなる。
それでも、そんな劣等感を抱えながらも最後の光に包まれるシーンでの行動が救いとなる。金田の行動は否定されることがなくてよかったと心底思った。鉄男の劣等感で金田が失われることがあれば、その劣等感はより救いがなくなってしまうだろうから。

あこがれの人はあこがれのままでいて欲しい。超えたいけど。超えようとするけど。
鉄男にとっても、金田は最後までかっこ良かったはずだ。


ストーリーも25年前とは思えないけど、アニメーションも表現も到底そう思えないクオリティだった。
最後のアキラの暴走(?)の描写なんて、確実にエヴァンゲリオンに受け継がれてるよね。エヴァに関して言えば、人類が神の領域に踏み入るようなテーマとか、根底がそもそも同じだし、影響を受けているのは間違いなさそう。


爆音についても少し。
今回の『爆音大友克洋』で『AKIRA』は35mmフィルム版とデジタルリマスター版が上映され、デジタル5.1チャンネルを駆使したデジタルリマスター版で鑑賞。

なんと言うか、もう…包まれている感じだった。

冒頭のバイクでの暴走のシーンから、会場がビリビリ震えていて、何が起きているのか分からなかった。ラストの鉄男が暴走して、アキラが覚醒するところでは、自分もアキラに飲み込まれているような錯覚に陥った。なんと言うか…包まれているという表現しかできないのだけど。前にちょっとサラウンドシステムの体験をしたことがあって、そのときは数分の体験だったんだけど、映画というある程度の時間(今回は2時間)をその中で過ごすと、耳がおかしくなってくる。それは、聞こえにくいとか不調という意味ではなくて、目はスクリーンを通して映画を観ているんだけど、耳に関しては客観性がなくなるというか、映画の中にいるような感じになってくる。

そして、吉祥寺バウスシアターの天井は、鉄骨とかはしごのようなものがむき出しで、それもまた『AKIRA』を観る環境としては、しっくりくる感じがした。はしごとか照明が、その音で震えている感じとかも含めて。

今回、爆音という特殊な環境で『AKIRA』を観れたことで、またひとつ貴重な映画体験ができた。そして、今まで観ずにきたこの映画と、今この時代に初めて対面したことも。